大判例

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福岡高等裁判所 昭和48年(ネ)462号 判決 1974年11月25日

控訴人

山口チサト

控訴人

山口義和

右両名訴訟代理人

井上正治

被控訴人

株式会社西川商店

右代表者

西川金佐衛門

被控訴人

栄信工業株式会社

右代表者

植垣正憲

右両名訴訟代理人

中村経生

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人等代理人は、「原判決を取消す。福岡地方裁判所小倉支部が同庁昭和四八年(ヨ)第九七号申請人控訴人等、被申請人被控訴人等間の建築禁止仮処分申請事件につき、同年四月一二日なした仮処分決定を次のとおり変更する。被控訴人等は原判決別紙物件目録記載4ないし7の土地上に建築中の同目録記載8の建物を、同士地と同目録記載1、2の土地との境界、原判決別紙添付図面B、C、D、Eを結ぶ線から11.86メートルの距離を保つよう移築せよ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人等は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、原判決二枚目裏八行目に「申請人は、」とあるのを「同被申請人は、」と訂正し、次のとおり当審における主張、立証を付加したうえ、右控訴人等の当審における前記主張により改められたので原判決五枚目表三行目以降九行目までを削除するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人等代理人は、「一、日照利益は、人が自然の資源を享受しつつ健康な生活を営むための基本的な人権であり、日照権という一つの権利であつて、所謂受忍限度論のなかで保護される単なる生活利益ではない。従つて、具体的に日照被害が生じる場合、それを加害者、被害者双方の利益較量の一要素として、相対的評価を行なうだけでは不十分であり、また日照権の内容である日照利益も、形式的な日照時間数のみを単位とすることなく、日射の強さにより時間ごとに違う日照エネルギーの総量を問題にする、所謂実効可照率が考慮されなければならない。この日照利益につき、各地方に応じた一定の基準が必要であることはいうまでもないが、本件北九州市日照指導基準は、冬至において 一以上の居室の開口部で二時間以上の日照時間を考慮すべき旨、表面的時間量を定めるに止どまつており、右実効可照率の観点からみてその合理性に疑問が残るばかりでなく、二時間という時間も、住宅環境の日照が人の健康な生活に如何に大切かを軽んじた嫌いがある。本件の場合、控訴人等の家屋は、被控訴人等の本件ビル完成により、冬至の午後一時頃から午後二時頃にかけて全部日影におおわれ、寝室、座敷、浴室、台所、食堂等生活の本拠部分が午前一〇時頃から日影になり始めるのであるから、仮に本件ビルが右北九州市日照等指導基準に反するものでないとしても、前記意味での日照権の侵害があることは明らかである。二、控訴人等は、さきに被控訴人等を相手取り、本件ビル建築禁止の仮処分を申請し、「被申請人等(被控訴人等)は、別紙物件目録記載の土地(原判決別紙物件目録記載4ないし7の土地)の内別紙図面(原判決別紙添付図と同じ)イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次結ぶ直線で囲まれた土地上に、高さ得地四メートルを越える建物を建築してはならない。」との仮処分決定を得たが、被控訴人等の異議申立に基づく原判決によりこれを取消されたところ、被控訴人等の本件ビルは既に完成に近いので、従来の仮処分をもつてしてはその目的を達することができない。そして、今日、右ビルが現在の五階建から三階建に変更されたと仮定しても、控訴人等の日照被害にはほとんど変化がなく、むしろ、前記控訴の趣旨記載のとおり、控訴人等の家屋敷地から離れた場所に移築されることにより、始めて一応の目的を達し得るので、控訴人等は、本件仮処分申請の趣旨を変更し、右控訴の趣旨記載の判決を求めるものである。なお、現在の建築工法によれば、堅固な建物の移築は、階屋を削り取る場合に比べはるかに容易であり、右仮処分申請の趣旨は被控訴人等に難きを強いるものではない。」旨述べ、疎明<略>。

被控訴人等代理人等は、「一、被控訴人株式会社西川商店が被控訴人栄信工業株式会社に発注した本件ビルは、昭和四八年三月に着工し、昭和四九年五月竣工した。このように、本件ビルは既に完成しているところ、その後右控訴人等主張の如き仮処分を求めることは、仮処分の要求である緊急性、必要性を欠き、許されない。二、日照利益が日照権という実定法上の権利として存在することは争わない。しかし、日照利益が日照権として法的救済の対象になるためには、日照の妨害だけが要件となるのではなく、その程度が強く違法であると共に、妨害回避のため加害者にもたらされる損失との間に均衡の保たれていることが必要である。本件の場合、被控訴人等には控訴人等に対する害意がなく、本件ビル建設は適法行為であるところ、その結果控訴人等に一応の不利益を生ぜしめたが、その日照被害は北九州市日照等指導基準の範囲内に止どまつており、他方、本件ビルを移築するため控訴人等が負担すべき費用は莫大な額に及ぶものである。よつて本件については、控訴人等に右日照権は発生しない。」旨述べた。<疎明略>

理由

<証拠>を総合すると、申請外亡山口悟は、昭和二八年五月頃原判決別紙物件目録記載1、2の土地を買受取得し、その頃同地上に同目録記載3の家屋を建築して、爾来同所で「日の出屋」という呉服店を営んでいたこと、控訴人義和は悟の長男、控訴人チサトは悟の妻であり、かねて同人の家族として右家屋で同居し、右営業を手伝つていたが、昭和四三年三月同人死後、控訴人義和がその跡を継ぎ、右家屋に起居して現在に至つていること、右土地、家屋は、悟の死後控訴人チサトが相続取得し、昭和四三年七月同控訴人名義に所有権移転登記を経由したが、同控訴人は、昭和四七年二月頃から肩書住居に別居し、その後別居先で起居したり、右家屋の控訴人義和方で起居したりしていること、一方、被控訴人株式会社西川商店は、海産食品の製造卸売を営む同族会社で、同族の社員が個人所有している原判決別紙物件目録記載4ないし7の土地に、一部二階建の木造建物一棟を所有し、倉庫兼加工場としていたが、昭和四八年三月上旬頃、その敷地のうち原判決別紙添付図面イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を結ぶ直線で囲まれた部分に、一、二階が食品倉庫兼作業場、三階以上を賃貸アパートとする、高さ14.6メートル、一部塔屋の高さ17.7メートルの五階建ビル建設を計画し、右工事を被控訴人栄信工業株式会社に請負わせたこと、同被控訴人は、同年三月中旬頃同工事に着工し、昭和四九年一〇月二一日の当審口頭弁論終結時、既に完成ないし完成間近であること、以上の事実が一応認められる。

そこで、まず本件仮処分の被保全権利につき判断するに、人の住居における日照、通風、採光等が快適で健康な生活を維持するために必要な生活利益であり、一定限度を越える侵害に対し、その利益の性格、名称はともかくとして、法的保護が与えられるべきであることはいうまでもない。しかし、この日照等の生活利益は、もともと他人の土地の上方空間を横切つてもたらされる万人共有の資源であつて、本来排他的支配を許さないものであるうえ、侵害の生じる地域の事情、或いは侵害の態様、程度もさまざまであるから、単に被害の側だけからその限界を劃することは事実上不能でもあり、そこに相対的評価を行なうことは避け得ないといわざるを得ない。従つて、日照被害の程度につき実質的日照エネルギーの総量によるのがより望ましいことは控訴人等主張のとおりとしても、日照等生活利益の侵害に対する法的救済の有無、内容は、結局、右侵害の態様、程度、及びその地域の性格、その他加害者、被害者双方の事情等を比較し、被害が社会通念上一般の受忍限度を越えるか否かを考慮する、所謂受忍限度論によるのが相当と解せられる。

そして、これを本件についてみるに、<証拠>を総合すると、控訴人等の前記居住家屋と被控訴人株式会社西川商店の本件ビル敷地部分は、現在のところ付近に高層建築物こそ少ないが、いずれも都市計画法第九条第四項の近隣商業地域に指定され、準防火地域でもあること、控訴人等の右居住家屋は、幅約八メートルの道路に面する前面、向つて左側(南西側)が前記営業用店舗(原判決別紙添付図面青斜線表示部分)、その後方、被控訴人株式会社西川商店の本件ビル敷地との境界ぞいに、座敷、食堂、浴室、座敷、寝室等(同図面赤斜線部分)があり、前面の向つて右側(北東側)が玄関、同様にその後方が座敷、客間等になつていること、被控訴人株式会社西川商店の本件五階建ビルが完成した場合、その北東側に隣接する控訴人等の家屋は、日影の最も長い冬至において、午前一〇時前から正午頃にかけ、右左側部分(南西側)の後方(北西)にある寝室、座敷、浴室、食堂等の順に日影になり、正午頃から右側部分(北東側)後方の客間、座敷に及び、午後二時頃には家屋全部がほとんど日影におおわれ、以上両建物の位置及び冬至における日影平面図は略別紙図面記載のとおりであること、被控訴人株式会社西川商店は、本件ビル建設の際、隣接の控訴人等家屋との関係を考慮して、土地境界線である原判決別紙添付図面B、C、D、Eを結ぶ線との間に幅約三メートルの間隔を置き、且つ三階部分以上については更に2.3メートル、つまり右境界線より合計5.3メートル引いて、本件ビルを建築していること、本件ビルの南西側には相当の空地があるが、その更に南西側に被控訴人西川商店の工場があつて、同被控訴人としては、製造工程並びに営業上本件ビル一、二階の倉庫との間に右空地を必要としていること、本件両建物の所在する北九州市では、建築物による日照等障害の発生を防止するため、昭和四八年三月頃より北九州市日照等指導基準(乙第一号証)を定め、指導調整を行なつているところ、右指導基準によると、近隣商業地域で高さ一二メートルを越える建物を建築する場合、当該建物による日照被害住居に対し、冬至において、午前九時から午後三時までの間に、一以上の居室の開口部に二時間以上の日照時間(但し、第二種住居専用地域で一〇メートルを越える高さの建物の場合、四時間以上、住居地域で一二メートルを越える建物の場合、三時間以上)を考慮することを要するものとされていること、被控訴人株式会社西川商店の本件ビルは、右北九州市の日照等指導基準に適合するものであり、また、建築基準法所定の確認手続を経た適法建築であること、以上の各事実を認めることができる。

右事実によると、被控訴人株式会社西川商店の本件ビル建設により、控訴人等にかなりの日照被害が生じ、それに伴い採光、通風等についても相応の不利益を被ることが認められるけれども、その日照被害は、本件ビルが敷地境界線より約三メートルの間隔を保ち、三階部分以上につき更に2.3メートル、合計5.3メートル引いて建築された結果、冬至において、午前一〇時前から日影になり始めるものの、午後二時頃まで部分的になお相当の日照時間が確保される程度に止どまつており、他方、被控訴人等側についても、右のとおり隣接の控訴人等家屋に対する一応の配慮をし、本件ビル建設に害意がないことや、本件ビルが建築基準法、北九州市日照等指導基準に合致した適法建築であること、双方の建物敷地が、現在付近に高層建築物が少ないとはいえ、将来共ある程度高度な土地利用を予定される近隣商業地域であること等併せ考えれば、本件ビルはその敷地の相当な利用の範囲内であると認められる。

しかして、本件ビルのため控訴人等にテレビジョンの電波障害が生ずると認めるに足る疎明はなく、原審における被控訴人株式会社西川商店代表者本人尋問の結果によると、右障害のある場合、アンテナを利用して貰い障害をなくする用意のあることが認められ、また、本件ビルの南西側にある空地については、被控訴人株式会社西川商店にその必要が認められるばかりでなく、<証拠>によれば、本件ビルを控訴人等主張の如き移築するためには、控訴人等側の計算によつても六、四七二万円に及ぶ莫大な費用を要するものであつて、以上の諸点を総合して考察すると、本件控訴人等の日照等の被害は、未だ社会生活上一般に受忍すべき限度を著しく越えたものとはいえず、結局、控訴人等に本件ビルの建築差止、または移築を求める権利は発生しないといわざるを得ない。

ところで、控訴人等は、当初、本件ビル建築禁止の仮処分を申請して主張の仮処分決定を得、その後、当審において申請の趣旨を前記控訴の趣旨記載のように変更する旨申立てており、要するに、右仮処分決定の部分的認可を求める趣旨に解せられるけれども、いずれにせよ、本件仮処分申請は、以上のとおりその被保全権利について疎明がないことに帰し、保証をもつて疎明に代えさせることも相当でないから、この点で失当として排斥を免れない。

よつて、右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(亀川清 美山和義 田中貞和)

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